採用情報 西条園 ミュージアム オンラインショップ

あいや

トップページ > お茶コラム > No.241 復活!抹茶文化

お茶コラム『朝茶はその日の難逃れ』 第241号

復活!抹茶文化

復活!抹茶文化

皆様、こんにちは。

みなさまは、抹茶文化に存続の危機があったことをご存知ですか?

抹茶は、古くは、眠気覚ましや二日酔いの薬として、お坊さんたちに飲まれていましたが、
茶の湯の確立以降、武士の飲み物としてたしなまれていました。

しかし、明治の近代化以降、武士の階級がなくなり、一気に抹茶文化もすたれてしまいました。

この危機に立ち向かい、抹茶文化の復活に力を入れたのが、裏千家の十三代円能斎鉄中(えんのうさいてっちゅう)(1872~1924)です。

茶道の基本を身につけるための『小習(こならい)十六ヶ条』を出版し、茶道を庶民に近しいものとしました。

福澤諭吉(1834~1901)も『新女大学』の中で、

「遊芸は自から女子社会の専有にして、音楽は勿論、茶の湯、挿花、歌、誹諧、書画等の稽古は、家計の許す限り等閑(なおざり)にす可(べか)らず」

と、茶の湯を学ぶことの重要性を強調しました。

このように、女子教育の一貫として、躾(しつけ)や作法を学ぶ中で茶の湯を取り入れようとしました。

そして、ボストン美術館東洋部長だった岡倉天心(1862~1913)が英語で書いた『The Book of Tea』(茶の本)が、米国で大きな反響を呼びました。

「それ(茶道)は、純粋と調和、相互慈善の秘訣、人間関係のロマンチシズムといったものを、じっくりと教え込むものである」。

こうして、抹茶文化は息を吹き返してゆきました。

そして、現代では、抹茶は菓子・飲料など多くの食品加工品に使われるまでに発展をとげました。

わたしたちは、このような恩恵を知らず知らずの内に受けていたんですね。

思えば、抹茶の全く無い世の中なんて、さびしいと思いませんか?


石河和真